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奥平

日常

少年よ神話になれ

(コンコルディア神殿とイカロス像)

 

さて、皆さま『イカロスの翼』の話はご存知でしょうか。

ロウで固めた翼を使い大空をはばたくも、父から忠告を受けていたにもかかわらず高く飛びすぎてしまい、太陽神ヘリオスに近づいた結果、その熱でロウが溶けて地面に落ちてしまう、というギリシャ神話の中でもかなり有名な話です。(諸説あり)

 

神話や伝説、昔話は事実・創作関わらずその話に込められた意味というのも時が経つにつれて多様に変化していきます。(お客様は神様だ、など)

学校の国語のテストでも、「以下Aの部分の意味をくみ取りなさい」のような問いがありますが、作者が明言してなければ本当の意味での正解なんてわからないですもんね。などというのは屁理屈でもありますが。(笑)

 

ただ、言葉や思いに対してどのようなことを読み取るかは本人次第だと思うので

意見の押し付けさえしなければ、考えは千差万別で面白いと思います。

 

 

そんな自由な解釈をもってイカロスについて私の見解を述べさせていただきますと…

 

・元々作り物の羽である

⇒鳥のように自身から生えた本物の羽ではない

 ⇒努力の末に身に着けた本当の力ではない

 

・周りを見失い高く飛び、太陽の熱でロウが溶け、地に落ちる

⇒力量や状況を見誤り、作り物の羽が捥がれる

 ⇒過信して行動し、大きな失敗をする

 

と読み取り、2つを合わせるとこうなります。

 

「作り物の力を過信して行動し、大きな失敗をする」

 

ここまで解釈を進めると、わかりやすく危ない橋ですね。

実際に翼をつけて飛んだ経験がないので心中は測りかねますが、どこまでも飛べるぞー!とテンションが上がったとして、

そもそも幽閉されていた塔から逃げ出すのに、先に飛んでいる父(ダイダロス)を無視して、太陽に向かって飛んでしまう・・・と、目的を見失っていることも露呈します。

 

 

本来の目的や目標は何か、注意点はどこか、与えられた力に過信していないか、そんな教訓として心にとめているのですが、

その中で出会ったのがこれからご紹介する今回の『私の好きな言葉シリーズ』。

 

『自分の翼ではばたくかぎり、どんな鳥も高く飛びすぎることはない。』

 

ウィリアム・ブレイク著の『天国と地獄の結婚』より一節で、昔から大好きな言葉です。

 

鳥はどんなに高く飛んでも、太陽の熱で羽が溶けることはありません。

もし態勢が崩れたとしても翼がある限り飛び続けることはできます。

 

新たな舞台に立つときは自分がそれまでに身に着けた羽がなければ飛ぶことが出来ず結局どこかで失敗してしまう。イカロスの話と似ており、高く飛ぶためには他者の力はあくまでサポートの範囲にとどめて自分の力でしっかりと羽ばたくことが大事だと、2つの話から学びました。

 

今、皆さまが飛べているのは、自分の翼ですか?

借り物の翼ではうまく飛べず、真っ逆さま、墜落していきます。

 

自分ひとりの力ですべてやり切ろう、という話ではありません。

 

ただ、どこまで飛べるかは自分次第なのです。

 

解釈は自由ですが、何かしら感じ取っていただけましたら幸いです。

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